論文の構成について

 

学術論文は、得られた新知識を共有するため、体系化して蓄積するための手段です。また、論文化の作業では、明確な論理が求められるため、研究者にとっても有意義な思考トレーニングになります。

論文の構成では、客観性や論理性を高めるため様々なテクニックが駆使されます。そのため説得力に優れて、実生活での多くのプレゼンテーション(提案・報告など)やディスカッションで役立ちます。そこで、論文の書き方のエッセンスを以下に記します。

 

スギゴケ密集

スギゴケ(青葉山キャンパス)

論文化は、知識体系を構築する手段

 

論文執筆の目的と趣旨は、人類の新知識とするための新規性の主張と確保です。新規性の先取り競争の面もあります。新規性に関わる部分では、研究者の思い入れにより主観が入り込みがちですが、主張の根拠を再現性のある客観的な事象で構成するとともに、論理に飛躍などの隙間ができないように配慮します。これにより、論文内容の信頼度が高まります。

工学系論文の論旨は、探索型と開発型に分類でき、それぞれ基礎研究と応用研究に密接に関わります。それらは、技術の上流(原理)および下流(応用)を目指す正反対のベクトルです。前者では、(たとえ応用先が見えなくても)学術領域の創出・芽出しや枠組みの拡張に向けて、これまで知られていない現象・事象を見いだすことを趣旨とします。対照的に後者では、明確な目標・用途を見据えて、これまで得られなかった特性・効果・機能の実現することを趣旨とします。

論文の書き方には、新規性を確保するための基本的なレトリック(修辞技法)、定石、ツボ・コツ、作法(流儀)、マナーなどが少なからず存在します。大切なことは、主張すべき新規性が客観的に明示されているか、それを支持する説明が論理的で根拠が明確になっているかということです。

また論文による意思疎通は、読み手である他の研究者がいて成立するため、読み手となる他の研究者の受け止めを予測して、それを意識しながら説明を進めると読み手側の理解が深まり、共感も得られます。そのため論文の執筆者には、(たとえ限られた分野であっても)他の研究者より深い知識と高い見識が求められます。言い換えれば、懐の深さと引き出しの多さが必要です。論文から得られる情報量が多いほど、読者から信頼を得やすいことになります。

 

カンコウバイ1

カンコウバイ(青葉山キャンパス)

新知識をもたらす論文は、華やかな研究の花

 

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工学系の開発指向型論文の構成例を、以下に示します。

 

タイトル

簡潔を旨としますが、最も短い要約として、大切なキーワードは含めます(新規性の高い結果、手段、目的など)。タイトルで論文内容が分かることが求められます。どうしてもタイトルが長くなってしまう場合、重要な主張点が整理されていない可能性があります。

      著者名 

研究の遂行や論文の執筆に貢献のあった研究者名を列記します。

 要旨

最初の一文で何が新しいかが即座に理解できるように、これまで得られていなかった新規内容の要点を端的に記載します。言い回しとしては、「この論文は☆について述べている」、「我々は○の目的のため、△を提案/開発/達成/議論/考察した」など、客観的事象をできるだけに具体的に表現します。次に、細部の手段・パラメータ・達成度などについて補足的な説明を加えます。最後に、成果のアピールとして意義や波及効果を簡潔に加筆します。この論文の主題が即時に把握できるように、前書きのない特殊な文章構成にするのが一般的です。研究の導入(背景・動機・目的)から始める本文とは、記述の順番が異なりますので注意が必要です。

 1章 導入

研究の目的や動機を明確にするため、まず社会的/学術的な要請、それに基づく従来の試みと問題点を述べます。専門分野の論文ではありますが、できるだけ大きな概念から入ると、研究の意義の理解度や共感度がアップします。次に、設定した問題点の克服方法として、本研究の課題・目標を設定して、本論文における新規性の主張点(手段、結果、考察など)を主張します。すなわち、既存の論文を基礎にして、今回の積み上げ部分(新規性)を宣言します。従来の論文の内容と紛れないように、この章では新規性の概要記述に留め、具体的説明は次章から始めます。

 2章 手段の提案

1章の目的に沿って、新たな原理、構造、作製法、評価法、効果など、主張する新規性の部分を具体的に提示します。従来の論文報告との詳細な差異を記述することも、読者の理解を助けます。目的・手段・結果のどこを新規性主張の目玉にするかで書き方も変わってきます。

 3章 結果の提示

実験や計算などの結果を、論点を整理して分かりやすく提示します。複数の情報を論理的階層化に基づき表現する時は、情報の特性・属性に応じた木構造(組織図)を描いくとよいと思います。その上で説明の流れは、フローチャートで単純化すると整理しやすくなります。なお、パラグラフライティングの論理的文章術を用いるのであれば、1つの段落内は1つのトピック文(言いたいこと)とサポート文で構成し、多くの段落の積み重ねにより、全体の流れが構築されるようにします。

 4章 評価と考察

得られた結果の妥当性や機構を論理的に考察します。得られた結果の順序にとらわれず、情報概念の上位・下位(階層構造)を意識して、考察を組み立てると分かりやすくなります。さらに、読者が物理的イメージを思い浮かべられるように、従来の知識の提示・例示を多用しながら、説明の表現を練り上げます。

 5章 結論

前章までに得られた重要な知見を要約して総括します。次に、導入で述べた課題・目標に対する評価を述べて、成果の波及効果についても記載します。最後に、今後に残された課題や将来の可能性ついて言及します。これにより、本論文における新規性の主張範囲、すなわち守備範囲や境界線を確認します。なお結論から、新しい話題を展開することは、混乱の元になりますので避けます。

参考文献

論文で新規性主張を行う上で必要な先行研究の論文リストを載せることで、執筆した論文の位置づけを明確にします。該当分野の発展経緯を示すため、発表が早かった文献を優先して引用するのが基本です。読者が入手してトレースできるように、書誌情報も付加します。論文誌に応じて誌面の制限があるものの、一般に文献の数は多い方が好ましく、少な過ぎると従来の研究報告をどこまで把握・理解しているかが問われるため、良いことはありません。

 

また、探索型・開発型のハイブリッド構成の論文もあります。例えば、未知の現象を発見して、応用に適した機能を発明したという論旨です。この場合、基礎から応用まで完結した大作になります。ただし、発見/発明の重心のバランス、論理展開のブレ、主張点の過多に陥りやすいため、十分注意する必要があります。

 

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上記のように論文の執筆では、先行論文に対して新規性を主張するだけでなく、今回はできなかったこと、残された課題についても言及することが望まれます。これにより、過去・現在(今回の論文)・将来を繋げることができ、論文の立ち位置が明確になり、これまで蓄積された膨大な学術的知識体系に今回の論文を組み込むことができます。すなわち、関連した研究で次に論文を書く著者(自分かも知れない)が、その論文を従来の技術(すなわち踏み台)として参照して活用できるため、学術研究の進歩に役立ちます。

 

スギナ

スギナ(青葉山キャンパス)

胞子(新知識)を飛ばすため、ツクシを高く伸ばします

 

論文の執筆には、たいへんな時間・労力に加えて強い意志が必要ですが、それだけの価値はあります。論文を良くするため、骨身と魂を削ることを惜しむべきではありません。新知識を構築するため、既存の論文を超えることを意図するので、知力を尽くした全身全霊のガチンコ勝負になります。それにより、記述内容が洗練されて技術が瑞々しく躍動を始めるため、論文に「命」を吹き込むことができます。

また論文の効用は、外部にアピールだけのものではありません。論文の執筆は自分の研究の位置づけやそのレベルを自覚する良い機会であるため、研究を整理して推進・展開する上でも欠かせません。また論理的思考力の鍛錬になるため、特に若手研究者を育成する上で、極めて重要です。

 

アカハツタケ

アカマツの根に生えたアカハツタケ(青葉山キャンパス)

タイミングを選んで胞子を効率よく放散します