目指すべき研究者・エンジニアの理想像

 

大学は言うまでもなく学びの場です。大学での高等教育の趣旨は、知力の限界に挑んで、知恵の地平線を切り開く能力を養うことです。大学での研究教育は、普遍化・体系化された先人の知恵を学ぶ受け身の教育とは異なり、先人の知恵を土台にしながらも、社会や学術研究に役立つ新しい知恵を自ら生み出す人材を養成することです。そのため、工学系の研究室は最先端技術を創出する研究だけでなく、今後の社会に役立つ優れた人材を輩出することもミッションにしています。研究を通して人材育成を行う場合、学生はもとより教員のモチベーションを高めるため、目指すべき研究者・エンジニア(技術者)の将来像・理想像を明示しておくことが必要です。

 

社会的な課題をブレークスルーする研究者の育成

 

  理想的な研究者・技術者

本研究室では、ネガティブな環境も前向きに捉えて、新たな価値を生み出す課題・克服策を創出するパイオニアやトップランナーの養成を目指します。それには、自らの専門性やアイデアを基に難題であっても粘り強くアプローチするタフなチャレンジャーを育成する必要があります。さらに、技術開発を牽引するだけでなく、人の心の扉を開いて先に導く指導力に長けたリーダーやマネージャになって欲しいと思います。そのような研究者・エンジニアは、大学や企業の組織におけるロールモデルになるだけでなく、研究開発を通して社会的に重要な課題とその克服に大きくコミットしていきます。

上記の人材育成は、理想的で現実離れをしているように思われるかも知れませんが、普段の専門教育の指標や道標になり、学生の個性・才能・成長の度合いに応じて個別に伸長してしく必要があります。また、今後の社会を先導する逸材を輩出できれば、将来にわたって大きな意義があることは言うまでもありません。

 

  スペシャリストの役割

一般社会において、研究開発を担う人材として、先端分野を開拓するスペシャリストと、幅広い分野を結集してソリューションを見いだすジェネラリストの双方が必要です。その場合でも、乗り越えるべき問題に解決の糸口を最初に見つけるのはスペシャリストのため、その役割は特に重要です。技術が高度に専門化した現代科学において、大局的な観点から様々な技術を組み合わせて最適化するジェネラリストの役割も増していますが、多様な専門性を有するスペシャリストが多く結集してこそ、インパクトを伴うモノ作りやサービス提供が可能になります。課題克服の障壁が厚くて高いほど、誰も思い付かなかった大胆な発想や技術でチャレンジするか、堅固な専門性をドリルにして、蟻の一穴や風穴を開けてつき崩していかなければなりません。

もちろん、様々な分野を先導するオールラウンダーのスター研究者がいればそれでもよいのですが、技術の分化・深化が進んだ現在、そのようなケースは希です。日本の産業を再生・発展させる上では、先見性・企画力に秀でたマネージメントリーダーはもちろんのこと、発想力に富んだ一流のエンジニア集団とそれを率いる技術リーダーを養成することを忘れてはなりません。

 

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電子情報システム・応物系の研究棟群

研究者・エンジニアの卵を孵化させるインキュベータ として

 

  専門性と挑戦心の重要性

エンジニアとしての高度な専門性は、研究の質と量の積、すなわち「どれだけ深く考え悩んで、多くを調べて試してみたか」で決まります。研究では、目標とする理想や夢の実現に向けて、厳しい環境でも粘り強く取り組む精神力と、失敗にもくじけない信念・胆力が求められます。賛同者・協力者を拡げる能力や努力も重要ですが、研究者には前人未踏・前代未聞・空前絶後の課題にも臆せず、味方が誰一人いなくても立ち向かう気概が必要です。そう、勇気を持って一歩を踏み出す気力と、一騎当千の実力が求められます。技術分野の場合、圧倒的オリジナリティのあるアイデアや専門性が1つあれば、それもありえない話ではありません。

その一方、社会の動きにも関心を持ち続けて危機感・緊張感を抱き、自己改革も厭わない柔軟性も求められます。そう、ゆでガエルにならないことが大切です。社会的なイノベーションやパラダイムシフトを創発できるように、チャレンジングスピリットだけでなく、寛容性・柔軟性を持った研究者・エンジニアに育って欲しいと考えています。社会・時代の変化に対して、意味を深く考えず迎合する付和雷同のスタイルではなく、原理・本質という基礎部分を内側で拡充しつつ、外側を見直していく姿勢(不易流行?)が望ましいと考えます。

また大学での知識生産活動を通して、本質に根ざした課題の捉え方と、克服のための発想力を身に付けてもらいたいと思います。そうした能力の確保は、異なる業種・分野であっても役立つことは言うまでもありません。すなわち大局観・俯瞰力に基づき、課題を構造的に捉える概念化能力(コンセプチュアルスキル)を確保できれば、どんなに複雑な問題であっても、解決の糸口を的確に見いだすことができます。

 

環境科学

ケヤキの紅葉(青葉山キャンパス)

様々な個性や才能を伸ばすと、華やかな彩りになります

 

  求められる思考法と精神構造

研究は発見の旅であり、一生続く勉強です。日々勉強と言っても過言ではありません。研究室で学んだ学生は、研究開発以外の広範囲な職種にも巣立っていきます。それまで経験したことがない仕事上の難問・苦難に直面した時でも、最後まであきらめず粘り強く、様々な解決策の引き出しを繰り出していくことが求められます(学生時代の研究も引き出しの「取っ手」にはなるかも?)。そのため失敗もポジティブに考えて、めげるどころかすべてを糧としてしまう精神構造が望まれます(プラス思考)。それによって、困難があってもやり抜く力が養われていきます。

人の一生には少なからず苦難や挫折があり、いたるところに青山があります。研究活動で培った自ら学ぶ姿勢は、仕事に限らず日常生活でも活かされます。時には、周りの空気を読むだけでなく本当にそうなのか、どうしてそうなるのかと考えてみることも必要です。社会・業界の既成概念・固定観念は、結論を手っ取り早く導きだすのに便利ですが、すべての思考を止めるのではなく、少しでも新しい発想をすれば、それだけモノの見方や人生の考え方が豊かになります。身の回りのできごとに関心や疑問を持ち続けることは、思考の幅を拡げて前向きに考える能力を高めます。何かと分かりやすさが求められる時代だからこそ、背後にあって見えないモノに思いを馳せる懐の深さが大切です。

 

  生涯教育に向けて

旺盛な好奇心と向上心は、生涯教育のモチベーションへと発展していきます。新しいことを勉強することを厭わない精神こそ、リカレント(学び直し)教育の心髄です。今後の社会では、学校教育だけでなく社会教育(生涯教育)の機会確保が重要になると指摘されています。何でも勉強しよう、いつもで学ぼうとする気持ちを持ち続けて、忘れないで欲しいと思います。そういった考え方は、社会を豊かにするための原動力になります。

また新しい知識に謙虚な姿勢は、異なる考え方の他者への敬意や共感にも繋がっていきます。大学での研究活動が、技術スキルの獲得だけでなく、人間の幅を拡げる人間形成の一助にもなることを期待しています。

 

チョコ

苦いコーヒーには甘いチョコレートがよく合います