情報化社会と課題認識

 

工学系の研究は、最先端の科学技術を開拓して実社会に生かす取り組みのため、社会との関わりを抜きにして考えることができません。工学は社会に根ざした研究分野の典型のため、実用化してナンボの世界です。そのため、現状技術の発展経緯や課題を踏まえて、次の時代を見越した先進技術の創出にチャレンジする必要があります。さらには、想像もできない新技術の提案・創出により、未来社会を創造していくのが工学研究の真骨頂で、醍醐味とも言えます。そのため研究活動では、分析力と洞察力を磨いて、先見性を高める必要があります。本研究室では、今日の情報化社会における技術課題を、以下のように整理して考えています。

 

 

 社会的な課題

人々は、環境やコミュニケーションから様々な情報を授受することで、社会生活を円滑に営むことができます。情報提供サービスの進展により、情報化社会が深化する中で、電子工学(エレクトロニクス)の分野が中心となって応えるべき重要な社会的課題として、以下のようなものが挙げられます。

@   人と情報の親和性・調和性を高めて、豊かな情報サービスを提供する。さらには人と人とを繋ぎ、社会の絆を強くする情報環境が望まれる(国連決議の持続可能な開発目標SDGs 8、9および17関連)。

A   高齢化社会が本格化することもあり、省力化・バリアフリー・ヘルスケアを支援して人に優しい生活環境を構築する(SDGs 3および10関連)。

B 情報機器の数が増大する中で、それらの省エネ化・省資源化により、持続可能な情報化社会を実現する(SDGs 7関連)。

 

今後も多様なメディアサービスで情報が溢れる!

 

@の課題は、社会生活に関わる情報が増大する中で、正確で分かりやすい情報を誰にでも提供できるように(デジタルデバイドの解消、アクセシビリティの向上)、通信・放送などの各種情報メディアを通して、いつでもどこでも電子情報を享受できるプラットフォームを構築することが目標です。人の情報感受性を踏まえて、情報量を制限することも必要かも知れません。最終的には、人々が感動を共有できる情報コンテンツを作成して提供できる技術環境が必要です。

またAの課題は、高齢化が進む中で情報へのアクセス環境の確保はもとより、バリアフリー・省力化のため日常生活を支援する人工知能の開発普及、ロボットや移動体の自動化・インテリジェント化なども含みます。さらに、人や生活に密着したヘルスケア(健康管理)や医療支援も不可避な課題と言えます。

Bでは、高効率でロバストな電力供給システムはもとより、電子機器の低消費電力化を実現して、トータルでレジリエント(持続可能)な社会システムを構築する必要があります。その場合、人の特性(習慣、感性、心理など)や社会の動きを活用して、省電力化したり、局所的に発電したりするシステムも求められます。

@とAは、人に優しいエレクトロニクスを目指す取り組みの典型です。Bも含めて克服する場合でも、人間科学・人間工学の分野に、電子工学(エレクトロニクス)のハード・ソフトの技術開発を展開することがアプローチの基本です。

持続的社会を実現する上記の目標を実現していくには、途中段階で過渡期の社会・技術の進展を正確に設計しなくてはりません。技術の過去・現在・将来を的確に分析した上で、時間軸を交えた適切なトランジションデザインを作ることこそ、成否を大きく分けるカギになります。

 

 情報化社会を先導するエレクトロニクス

今日の情報化社会は、半導体(シリコン、化合物半導体など)を基盤として構築されたコンピューティング・ネットワーキング・センシング・ディスプレイなどのハードウェア技術に支えられています。ハードウェアをインフラとしたソフトウェアの普及は、今日、目を見張るものがあります。それらの発展は、コンピュータハードウェアの処理速度の高速化・記憶容量の増大だけでなく、画像を含む情報のインテリジェント処理の高度化をベースにしており、日常の生活に欠かせないものになりつつあります。

例えば、デジタル情報の増大と種類が多様化するビックデータ、確率論的統計法(ベイズ推計や最大エントロピー法)や進化論的モデルなど新しい計算アルゴリズム、ニューラルネットワークモデルに基づく人工知能(ディープラーニングなど)の活用などです。また、将来のハードウェアの革新候補としては、例えば量子コンピューティングや量子アニーリングによる最適化技術の導入が期待されています。

 

松並木

アカマツの並木(青葉山キャンパス)

高度な専門技術の連続技が、ブレークスルーを生みます

 

 コンピュータ/通信分野の発達

技術は、人の機能を拡張する手段です。例えば、テレビや自動車が、それぞれ目・耳および足の拡張であったように、情報処理を担うコンピュータは、脳による思考・記憶の拡張と言えます。現在でもコンピュータの高性能化は進んでいますが、その用途はソフトウェア・アルゴリズム・システムアーキテクチャなどの伸長だけでは、限定されてしまいます。今後、人と人、人と情報を結ぶ通信技術(ICT)も活用して、次の社会的イノベーションを創発する必要があり、新たな入出力ハードウェアのプラットフォームを提案して構築していかなければなりません。

例えば、生活環境に多種多様な小型センサーを設けて、その情報を無線により送信し、全域の情報を正確に把握・分析できるセンサーネットワーク構想があります(現状ではセンサー関連技術の環境が未成熟)。さらに、家電はもとより生活環境のあらゆるモノを無線・有線で繋いでセンシングだけでなく制御も行えるようにするIoTInternet of Things)技術が加速しています。最終的には、すべての情報と人が繋がるIoEInternet of Everything)まで進展することでしょう。それにより、すべての人やモノの情報の授受が可能となり、人にとって便利で暮らしやすい社会環境を構築される可能性があります。

また、昨今の日本の科学技術政策(内閣府)の中では、人工知能、ロボット、仮想空間などを駆使して人に優しく人が活躍できる人間中心の未来社会コンセプトを、超スマート社会Society 5.0Society 1:狩猟社会、Society 2:農耕社会、Society 3:工業社会、Society 4:情報化社会、人類史上5番目)と呼び、それを目標として掲げています。現実の物理空間と、コンピュータネットワーク上の情報空間を高度に融合して最適化することで、社会的・経済的課題を分析・克服して人間中心の社会を構築することを目指しています。当面、多様な情報さらには生活環境情報の共有により、意思疎通の壁が大きく低減できるため、人々の絆を強くできると予想されています(社会の分断が緩和されるか?)。また、ドイツで提唱された第四次産業革命構想(Industry 4.0)でも、人工知能やIoTはもとより、超小型化した情報処理・通信デバイスを駆使して、人の担ってきた知的活動を機械が担うことを想定しています。

このように情報化社会を担うハードウェアとソフトウェアの革新技術は、情報化社会を深化させる車の両輪です。国内外の情報系有力企業においても、物理的(フィジカル)な実世界を扱えるハードウェアと、情報(仮想/拡張現実)を担うソフトウェアを複合化することで、新たな価値の製品・サービスを提供することを目指しています。例えば、ビッグデータ、クラウドコンピューティング、人工知能を活用して、有用な情報を現実空間に提示するだけでなく、ロボットやドローンなど新しいハードウェア技術も統合して、生活を賢くスマートに支援することを想定しています。さらにメタバースのように、サイバー空間の社会性を強化して現実空間を補完することで、社会生活の充実度を高める取り組みも盛んです。具体的には、アバター(分身)を使った仮想イベント・セミナーなどで、情報の獲得や人的なネットワークの拡大を効率的に行えることなります。

今後、人が関わる物理空間と情報空間のギャップを埋めるためのハード・ソフト研究が、精力的に進められることは間違いありません。すなわち、実世界の物理レイヤーと、情報空間の仮想レイヤーを融合するインタフェースの構築が、大きな技術課題になります。その場合、人間主体の社会システムの実現に向けて、人に対する優しさや心の絆を重視することを忘れてはいけません。

 

IoT環境から超スマート社会へ変遷とヒューマンインタフェースの役割

 

 人と情報の関係性

昨今、著しい情報技術(IT)の進展により、人や社会が扱う情報量が増大しています。生活情報の取得・流通が加速しており、ビックデータの活用は増大の一途です。また、映像サービスでは高臨場感化を目指して4K8Kスーパーハイビジョンの高解像度衛星放送が始まっています。次世携帯通信規格5Gに基づく実時間の高画質映像サービスも本格的な普及を待っています。このように増え続ける情報とメディアとどう向き合っていくかは、情報の媒体であるメディアのあり方に直接関わり、将来の情報メディアの行く末が、これまでの単純延長だけでは考えにくい状況になっています。

そのため今後、人間系(感性を含む脳機能)と情報のギャップを埋めていくアプローチが重要になります。例えば、人工知能も活用しながら伝えるべき情報の意味を理解した上で、人の感受性に基づき取捨選択を行って、情報の量を抑制しながら質を高める必要があります。人に過不足のない情報を提供することを目指します。さらに、個々の情報コンテンツ・通信メディアの得失を生かして、効率のよい情報授受を行わなければなりません。もちろん、人と情報機器のやりとりをスムーズにして相互作用を強めるインタラクションデザインも必要です。

上記に基づきヒューマンインタフェースを構築していく場合、ヒューマンサイエンスのアプローチに基づき、人の感性を究明していく必要があります。言わば、情報伝達の物理層(デバイス・システム)はもとより、ソフトウェア・コンテンツ層、さらには脳の認知分野の層もトータルで勘案しながら、情報化社会を先導するソリューションを見いだしていかなくてはなりません。

現在、開発が急がれているロボット、人工知能およびスマートコミュニティは、それぞれ人の持つ身体機能、思考能力および社会機能の代替・拡張を目指しますが、情報と人を介在するヒューマンインタフェース技術がそれらの出入口になります。そのため、ヒューマンインタフェースの進展が遅いとボトルネックになり、逆にヒューマンインタフェース分野で技術革新が生じると、人工知能、ロボットなどが大きく変革されることになります。もし、仮に人工知能の判断が人間の能力を超える時期(シンギュラリティ)が訪れても人間中心の社会であるため、優れたヒューマンインタフェースが訴求され続けることに変わりはありません。SF的に表現すれば、未来の究極のヒューマンインタフェースは、現在進展が著しい脳機能計測に基づくブレインマシンインタフェース(BMI)と言えるかも知れません。

 

情報化社会におけるヒューマンインタフェースの役割

 

 ヒューマンインタフェースの革新

こうした情報化社会の現状と進展を見据えて、ヒューマンインタフェースと画像メディアを専門とする本研究室が、今後の社会に貢献しうる課題を以下のように整理しています。なお、ヒューマンインタフェースもしくはマンマシンインタフェースという専門用語は、人とコンピュータもしくは人と機械の仲介として使用されますが、ここでは人と情報の介在というように意味を拡張して使用することにします(そうすべきと思います)。

ヒューマンインタフェースの研究は、人とモノの調和を目指します。今後の情報ネットワークの拡大に伴って、多様な情報と人を結ぶヒューマンインタフェースの構築が重要になると思われます。本研究室では現状の課題を克服する改善技術の開発だけでなく、情報通信の本質を見据えて、将来のあるべき方向性に沿った技術群をいち早く提案していきます。例えば視覚は、ヒューマンインタフェースの対象となる五感の中でも感情に直結する知覚で、人が生活する上で視覚情報は80%以上を占めると言われています。情報を介在するヒューマンインタフェースの役割を、その代表例である電子ディスプレイで説明すると以下のようになります。電子ディスプレイでは、伝えるべき情報を人の思考回路(大脳)まで届けるため、2次元の画像情報を取扱いが容易な電気信号形態に変換した後、電気信号を視覚で知覚できる光の強度信号に変換します。このようにヒューマンインタフェースは、情報の媒体(メディア)変換器と言えます。

上記のような社会的・技術的背景を踏まえて、本研究室では最新の材料科学とエレクトニクスを探求して、新たなヒューマンインタフェースを創出する取り組みを進めます。高画質の画像・映像を扱う電子ディスプレイは、今後のヒューマンインタフェース技術の発展を大きく左右します。その一方、情報量が多く現実のモノと脳が誤解しやすい映像は感性との相互作用が強いため、人に対して様々な問題(疲労、映像酔い、錯視など)が発生することもあります。感性も十分に考慮しながら、新しい画像エレクロニクスの構築していかなければなりません。

 

 情報メディアの発展性

また情報の入口として、視覚はもとより、聴覚、触覚、嗅覚、味覚の五感のセンシング技術を開拓することも魅力的です。人間に近い知覚を獲得できれば、メディア開発の王道・中核になります。さらに、人間の五感では知覚できない情報を取得できれば、人のライフスタイルさえも変える大きなインパクトになります。上記のような人に優しい情報の出口技術(ディスプレイ)と入口技術(センサー)から創出されるヒューマンインタフェースは、心地よい生活環境を提供するだけでなく、きっと他の人と感動や思いを共有できて、人々を強く結びつける次世代メディアへと発展していくはずです。それらは、人工知能などとも連携して、大きなカテゴリーの研究分野、そして情報サービス・産業分野に育っていく可能性があります。

 

 

化学系庭

モミジの色付き(青葉山キャンパス)

周辺分野が整って中核技術が冴えます