学術論文の評価

 

 

研究で一定の成果が得られて一括りにできる時期を迎えると、論文を執筆しなければなりません。言わば成果の収穫期です。研究者にとって、原著論文の執筆は極めて重要な活動で、既成の概念や従来の技術を打ち破る画期的な発見・発明をアピールする場です。原著論文の価値は新規性・有効性・信頼性の3次元の評価軸で表すことができますが、最も重要なものは新規性(オリジナリティ)と言うことができます。すなわち、論文の記述内容がこれまでに報告されていないか、これまでと違ってどう新しいのか、という点に尽きます。この場合、現状の技術レベルを用いて情報の信頼性が確保されていればという前提が入ります。論文内容の追試は、データの再現性を確認する、またはキャッチアップする意味で重要ですが、先人とまったく同じ試みを行っても新たに得られる知識はありません。

 

原著論文の3次元評価

 

知見が新しければ、有用性が定まらなくても論文化が可能です。論文において圧倒的なオリジナリティを獲得することこそ、研究者が目指すべき真っ当な道です。知的財産権の主張するための特許出願の明細書でも同じように新規性と進歩性(どれだけ改良されているか)を要しますが、商業的権利を主張するため実用性・産業性の観点が欠かせません。そこが、新規性の論理的主張を趣旨とする論文の執筆と大きく異なる点です。技術や社会の新たな可能性を切り開くという観点からも、発見・発明を包含するオリジナリティの確保が、論文にとって最も重要です。強いオリジナリティを主張する場合、その分だけしっかりした裏付けが求められます。新規性とその裏付けの程度により、採否の命運が分かれます。論文の掲載可否の判断では、同分野の専門家(レフェリー)による厳しい査読を通して、著者の見識(価値観)が問われます。

工学系・応用物理系の論文において、もう一つの大きな評価軸は有効性・有用性、すなわち学術分野もしくは実用分野でどう役立つかということです。論文の執筆時に、明確な展開や応用を提示してその後の道筋を示すことが望ましいのですが、そこに書かれる方向性がすべてではありません。オリジナリティが高ければ、その論文から刺激を受けて(インスパイア)、外部で新たな研究展開の論文や応用方法が生まれることがあります。有効性は論文内容が基盤・基礎分野であるほど、後生に思いも寄らない用途が付加されて、評価が高まることも少なくありません。そのため論文の価値は、現在でなく後生に委ねるべきという考え方もあります。また、新規性と有効性のバランスがとれた論文が必ずしも優れるという訳ではなく、あくまでも確固たる新規性が担保されていることが評価の前提条件になります。

 

松かさ

キャンパス内に落ちた松ぼっくり

論文の重要な役割は、次世代研究の種を飛ばすこと

 

一般に論文の評価は、学術分野、ひいては実社会にどれだけ影響を及ぼしたかで行われます。原著論文については、サーキュレーション(発行数、普及度)やインパクトファクタ(引用影響率)の高い論文誌への投稿が推奨されます。分野を代表するハイレベルの論文誌では、一般に投稿論文の採択率が低く掲載が難しくなります。さらに論文が掲載された後は、その論文が他の論文の参考文献として活用されているかが、サイテーションインデックス(被引用数)として定量的に評価されます。例えば、数年以内の短期に高い被引用率が得られる場合、現状の問題に対して新たな課題や克服法を提起した重要な成果という評価が得られます。その一方、数十年後になって被引用数が高まる場合、将来の科学技術や社会を見越した先駆的試みとして高く評価されます。

現在、研究者や研究機関の標準的評価指標として、学術誌での原著論文の発表数(さらには難関誌への論文掲載数)が使われることが増えています。実社会への貢献度も考慮すべきとの考え方も強くなっていますが、海外の科学コミュニティではPublish or Perish(論文を書かないなら退場)と言われるくらいに、論文執筆のアクティビティが厳しくチェックされます。このように研究者には、開発した技術が現在そして将来に生かされるように研究成果を永続的記録(知の財産)に残すとともに、学術・産業分野に生かす努力が強く求められています。

 

すすき

ススキ(青葉山キャンパス)

論文では啓発のシーズの有無も問われます

 

昨今、研究(者)の評価が、発表した論文数や獲得した研究資金などの数字で行われることが増えています。昨今の研究評価では、性急に論文数に頼る傾向にあります。分野が異なると質が見えにくくなるためです。研究や論文の価値は、質(=新規性×有効性)にも依存し、数だけで決まるものではありません。あえて数式で表せば、研究の価値はΣ[論文の質×数] と書けるかも知れません。現状では質の定量化が難しく、特に数十年後の未来への波及効果までも含めると、評価が極めて困難です。遠い将来を見越した基礎研究の客観評価が、難しいとされる所以です。

そんな堅いことを言わなくとも、課題に取り組む研究者であれば、自分の行ったことを社会や人々に伝えたい・役立てたい・残したいという思いがきっとあるはずです。研究者として自らのアイデアと見識・先見性を、専門分野の論文投稿や研究プロジェクトへの提案を通して社会に問い続けることは、自分の能力・可能性を発展させる上で欠かせないことと思います。